未知の世界5
一人前
朝夕がすっか肌寒くなり、季節は秋が始まった。
昨日まではアイスコーヒーを入れていたが、今日からはホットコーヒー。
豆は医局長が好き好んで自ら買って来たブラジル産高級豆。
高級なだけに味は間違いない。
私も飲みたいけど、作り立てでないと飲めないし、決して私の体にいいとは限らない。
だから、いつも水を飲んでいる。
今日も朝からたけるより一足早く来て、カルテの整理に過去の症例などを目を通している。
コーヒーの出来上がりとともに当直明けの先生方が、宿直室から起きて来た。
「おはようございます。」
昨日の当直は石川先生。
『はよ。
早いな…。あんまり無理すんなよ。』
「はい、ありがとうございます。」
仕事のミスには表情も言葉も厳しいが、体のこととなると、優しい言葉をかけてくれる。
表情は無愛想だけど…。
昨日、石川先生の当直だったけど、私は一緒には当直をしなかった。
じつは今日から研修医を外れ、一人の医師としてスタートした。
今日から一人前となり、数日後に石川先生とは別の日に控えている当直のため、
昨日は泊まらなかった。
「昨夜はどうでしたか?」
できたてのコーヒーを石川先生の机に置く。
『ぁあ、ありがとう。
昨日は何もなかった。よく寝れた。』
そう言いながら伸びをする。
『あ、そういや、これ。』
渡されたのは英語で書かれた論文。
『読めるか?海外の論文だ。
俺が海外にいたときから、最近のものまでがある。』
渡された論文は英語ばかり。
にしても過去から最新と言われても少ないような…。
束ねられた論文の厚さを横から確認していると、
『これもな。』
「………。」
渡されたのはUSBが綺麗に入った木箱…。
数えきれないほどの数…。
マジか…。
『まぁ、じっくり読んだらいいから。
早川ジュニアと読みな。』
早川ジュニア、とは。
早川たける。
早川先生の弟、たけるのこと。
医局、いやこの病院にいる医師、看護師、そして長く入院生活を送る患者さんとその家族の一部からそう呼ばれている。
「はい…。」
びっしりと書かれた論文に、大量のUSBを渡された私は、それ以上言葉がでなかった。