未知の世界5

〜飲み会にて






「石川先生、さっきはかなが失礼しました。せっかく僕の代わりに資料室に行ってもらったのに、本当にすいません。」









とビールを手にした幸治が、石川先生の隣に座る。







『いや、いいんですよ。私にとって彼女は日本に来てからの初めての研修生ですし、担当患者ですし。それに、なんか見捨てることができない可愛らしさみたいなのがあるんですよね。』







と先程までの医局の休憩室とは打って変わった表情の石川先生が、和やかに話す。







『確かに、かなちゃんってそういうところがありますよね。
僕なんて荒れてた頃から見てるから、今は随分大人になったなぁって思いますけど、たまに荒れてた頃のような口調になったり、医者になっても治療を拒んだりと。トホホと、悩まされることもありますけど、なんか憎めない……。』








と石川先生の反対側に座っていた早川先生も話に入る。







「いや、そんなことはないですよ。僕には荒れてた頃と全く変わらない。
もうちょっと成長して欲しいものですけどね。」






と幸治。






『自分の患者のことには、研修医の頃からベテランの医師の誰よりも熱心に立ち向かって、一生懸命になれるのに、なんで自分のことになると全く逆を向いて治療に専念してくれないのか…。』





と石川先生が不思議そうな顔で話す。







「甘えてるんですよ。





甘えた考えだからいつまでも治す努力をしない。」







と幸治が呟く。








『いや、それは違うよ。
かなちゃんは、自分のことは一番よく分かってると、自分では思ってる。
だけど、それ以上に僕達が彼女の症状や悩みを知っているから、治療のことも含めて周りから言われることが納得いかない部分があるんじゃないかなって僕は思うんです。
医者になったからこそ知らないといけないけど、そこまでの経験と知識がないから、僕達には敵わない…。
次々に新しい病気が襲いかかって、食事にしても運動にしても、制限がかかって一生懸命その通りにするんだけど、どこか抜けていて、またそこを普段そばにいる僕達に注意されると、それに頭を下げることしかできない。
愚痴を言える人がそばにいればいいんだけど、彼女が医療関係者以外で愚痴を言える人はほとんどいないから、次第に不満が爆発するんだろうね。

何か彼女は心の奥底の気持ちをずっと隠し続けているんだと思う。』







「そう早川先生に言われると、確かにそうかも知れない。

俺は近く過ぎて、衝突ばかりしてるから、言われてみないと分からなかったけど…。」








『まあ、いつかは自分から心を開いてくれるといいですけど、今日は資料室で僕も彼女に言葉を荒げてしまったんで、少し心配ですね。』








と石川先生。






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