俺様社長と極甘オフィス
 思い出すように話す社長は、どこか懐かしそうに、そして寂しそうだった。地下五階の管理室から五十二階へのエレベーターがあるのを知っていたのは、実際に足を運んだことを覚えていたからだ。

 さすがにパスワードまでは覚えていなかったらしいが。

「嬉しかったよ。親父でさえ入ったことがないんだぞって言って。じいさんには、怖いイメージしかなかったけれど、じいさんなりに俺を励まそうとしていたんだろうな。あのとき五十二階の窓から見た光景は今でも目に焼きついているよ」

 そこで、社長が外に目を遣った。ここは五十三階だ。ちょうどこの真下の五十二階にたどり着かなければならない。

「もう藤野がヘリを操縦して、外から五十二階に乗り込もうか」

 少し投げやりな提案をする社長に私は真面目に返答する。

「無理ですよ。横づけするとなると、隣との建物の距離が近すぎますし、ここでのホバリングはいくら私でも」

「冗談だよ」

 私の言葉を遮るように社長は告げた。こちらに向けたその顔はどこか渋い。

「藤野はさ、なんで人が真面目なことを言っているときは冗談と捉えて、冗談言っているときは真面目に捉えるわけ?」

「……すみません」

 反論することなく私は頭を下げた。自分でも面白味のない人間だとは思うが、ユーモアセンスが私には欠けている。なにより、ボスの意を汲み取れないとは秘書として失格だ。
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