俺様社長と極甘オフィス
 私情を引きずっている場合ではない。まだ顔を合わせづらいし、頬の赤味が引いていない気がするけれど、私は手早く着替えて、デスクに戻った。もちろんコンタクトから眼鏡にする。

 おずおずと部屋を出ると、社長は自分のデスクで仕事を進めていたので、その姿にホッとする。私もさっさと仕事を始め、お昼休みになったところで、住友さまから聞いた話を報告することにした。

 仕事同様、社長の座っている机の前に立つ。

「阿僧祇?」

 一通り話し終えると、社長が一番に反応したのはそこだった。

「はい。私も住友さまに言われるまで私も知らなかったのですが。社長はご存知でしたか?」

「いや……」

 社長は言葉を濁す。なんとも煮え切らない表情だ。

「どうされました?」

「じいさんは、手腕を発揮して会社を経営したり、資産を増やすのを面白がってはいたがは、利益追求型ではなかった。そんな野心があるなら、早々親父に社長の座を渡したりはしていないだろ。
会社をビルの真ん中よりも低い階に置いたのだって、高いところから見下ろしてばかりの人間になってはいかんっていう思いだったらしい」

「そうだったんですか」

 たしかに、ビルの創立者でもあり、持ち主でもある前一氏の会社が、わざわざ八階から十階にあるのは少し不思議だった。このビルのミドルフロアもさることながら、アッパーフロアには世界的な企業の日本支社が名を連ねている。

 てっきりそういった企業に、いい値段で場所を貸し出すため、なんて思っていたことを、内心反省した。私が思うよりも前一氏はずっとできた人だったらしい。

 そんな私の考えに気づくこともなく、社長は相変わらず難しい顔をしている。
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