俺様社長と極甘オフィス
「それに、住友社長はともかく、じいさんがそんな仏教用語を知るほど仏教に造詣が深かったとも思えないが……」

 社長の眉間の皺がどんどん深くなる。しかし、会社の利益がどこまでも伸びるように、というのはあくまでも住友さまの予想だ。

 本当のところは分からない。前一氏が『ちょっとした遊び心だ』と告げたことだけは事実だけれど。

「けれど、俺もどこかで「阿僧祇」って言葉を聞いたことがあるんだよな。お寺でか? いや、違う。日常生活でまず使うこともない言葉だし……」

 ひとりぶつぶつと告げながら、社長はパソコンのキーボードに手を置いた。もしかすると、この件はあまり深く追求しなくてもいいのかもしれない。

 前一氏の思惑など、今更分からないし、このことがパスワードに関係しているとも思わない。

 話を変えようとしたところで、社長が「あ」と声をあげたので私の肩が震えた。

「そうそう。阿僧祇って数の単位でもあったんだよな。それで、どこかで聞いたことがあったんだ」

 胸のつっかえがとれたらしく、社長の表情は打って変わって晴れ晴れとしている。しかし私は意味が分からなかった。

「単位ですか?」

「そうそう。一十百千万のそのもっと上の単位だよ」

「初めて知りました」

 純粋に告げると、社長はおかしそうに笑った。

「まぁ、知らなくても困らないよ」

「ちなみにどれぐらいなんですか?」

 私のその質問で、社長は再びパソコン画面に目を向ける。

「そうだなぁ。十の五十六乗らしいよ」

「まったくピンときませんね」

「俺もだよ。一兆が十の十二乗だから、とんでもない数ではあるね」

 分かりやすく例をあげてくれたが、それでもやはり想像などつかない。むしろ、どんなときに使うのか。ふぅっとため息をついたところで、なにかが引っかかった。
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