俺様社長と極甘オフィス
 今は仕事中だ、と言い聞かせながらも、自分の感情なのに、自分で抑えることができない。こんな気持ちは知らない。必要もない。そのとき、社長室のドアが前触れもなく開いて、私は肩をびくりと震わせた。

「どうした? そんな幽霊でも見たような顔をして」

 私の過剰反応に逆に驚いた社長が目を白黒させてこちらを見ていた。

「すみません、お疲れ様です」

 慌てて社長の元に歩み寄り、会議の資料を受けとる。資料をまとめてファイリングしておくのは私の仕事だ。続いて今日も五十二階のロックが外せなかったこと、電話が一件あったことを伝える。

「紀元顧問からです」

 その名前に社長がかすかに動揺した、ように見えた。

「親父から? 珍しいな、携帯じゃなくてこっちにかけてくるなんて」

「言伝を承りました。“来週の土曜日、私は顔を出せないけれど、よろしく頼む。快諾してくれたことを感謝している”とのことです」

 いつもより声が硬くなってしまった。けれど、社長はそんなことには、気づいていないようだ。あー、と言いながら、伝わったのか微妙な表情をしている。

「うん、分かったよ。ありがとう。……ちなみに、他にはなにか言ってなかった?」

 窺うような物言いに、私の心が揺れる。少しだけ迷ったが私は静かにかぶりを振った。

「いえ、承った言伝はそれだけです」

 嘘はついていない。しかし、その返答に社長が一瞬だけ安堵の色を顔に浮かべたのを私は見逃さなかった。だから、いつもならけっして口にしないことがつい声に出てしまった。
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