俺様社長と極甘オフィス
「ありがとう、ってこればっかりだな。なんてお礼を言えばいいのか」

 急に畏まられて、私はむしろ狼狽えてしまった。

「そんな。秘書として、できることを精一杯しただけです。それに、私ひとりではどうしようもありませんでした。社長をはじめ、色々な方のお話やお力があったからで……」

 わたわたと告げる私に対し、社長は笑ってくれた。

「うん、そうだね。藤野なら、そう言うと思ったよ」

 その顔がすごく優しくて、穏やかで、なんだか私は目の奥がじんわり熱くなる。

「私のこと、そんなに分かりますか?」

「どうだろう。でも、俺のことを一番よく分かっているのは藤野だと思うよ」

 なにげなく言われた言葉に、様々な感情が溢れだす。堪えるように、瞬きを我慢してじっと社長の顔を見つめるけれど、見る見るうちに視界が滲んで苦しくなる。

 そして冷たいものが頬を滑った。それと同時に社長の目が大きく見開かれる。

「そんなこと、ないです。そんなことっ」

 言葉を詰まらせて、静かにかぶりを振った。分かっているつもりだった。理解しているつもりだった。でも、そんなことない。

 本当はなにも知らない。一番なんかじゃない。仮に今はそうだとしても、この一番はもうすぐ違う誰かのものになってしまう。

「え、ちょっと待って。なんで泣くの!? どうした!?」

 おろおろと慌てだす社長に私は俯いて顔を隠す。こんなふうに困らせるのは、秘書として失格だ。せっかく、五十二階にたどり着けたのに、余計な気を遣わせるわけにはいかない。
< 90 / 100 >

この作品をシェア

pagetop