俺様社長と極甘オフィス
「なんでもありません。ちょっとコンタクトがずれただけです」

 必死で声を作って冷静に返す。床をじっと見つめて、瞳に力を入れてはみたものの、涙は止まりそうになかった。

 上手く息が吐けない。そうしていると視界に社長の靴が映り、距離を縮められたことに気づいた。なんとか取り繕わなくては、と頭を巡らせていると、次の瞬間、頬に手を添えられ、強引に上を向かされる。

 至近距離で視線が交わり、大きな瞳に自分が映っているのが見えた。

「そんなに泣くくらい痛い?」

 心配そうに言われて、触れてくれている彼の手を涙が濡らしていく。優しく親指で目元を拭われ、そんな仕草がさらに涙腺を緩ませていった。

「い、痛いです、すごく。自分でなんとかしますから、放っておいてください」

 顔を背けられない分、突っぱねるように告げる。すると次の瞬間、社長の腕が背中に回され、力強く抱きしめられた。スーツ独特の香りが鼻を掠めて、されたことよりも先に意識がそちらにいく。

「駄目です、スーツが汚れます」

「開口一番それ? スーツなんてどうでもいいよ」

 離れようとしてもそれを許してもらえず、私は社長の腕の中に閉じ込められたままだった。

「放っておけるわけないだろ、藤野が泣いているのに」

 だから泣いていません!と返事をしたかったが、それさえも封じ込められる。苦しいのは、この体勢のせいなのか、社長の言葉のせいなのか。
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