プラス1℃の恋人
 2時間ほど飲んだあと、千坂は「じゃあ、オッサンは先に帰るわ」と席を立った。

 追いかけて一緒に帰ってしまいたかったが、社会人は学生とは違うのだからと思いとどまる。

 オフィスの外でのプライベートな飲み会といっても、営業の二階堂も同席しているのだし、あまりおおっぴらにしてしまうのはまずい。

 それにここは、会社との付き合いもある店だ。
 前のめりに気持ちを突っ走らせて、上司のメンツをつぶすような真似はできない。



 駅に向かう道すがら、紫音が「千坂主任とちゃんと話したのは今日がはじめてだったけど、大人の色気がすごいね」と意味深な発言をした。

 ぎょっとして紫音のほうを向くと、「人のもんは盗る気ないから」と手を振りながら笑う。

 けれど、一瞬にして酔いがさめた。

 いままでまったく気にしてこなかったけれど、青羽が知らないだけで、ひそかに千坂にあこがれている女子もいるのではないか。

 35歳、男盛りである。天下のB.C.square TOKYOで働いており、おそらく収入も高い。
 話をしていて楽しいし、部下に対する気配りもできる。

 世のなかの女性が放っておくわけがない。

 桃子と紫音は勘違いしているようだが、青羽と千坂は正式に付き合っているわけではない。

 お姫様だっこをされたのも、食事に行ったのも事実だ。
 でももしかしたら、桃子や紫音が倒れても、千坂は同じ行動をしたのでは、とも思う。

 オフィスで熱中症になった日のことも、結局確認できずにいる。

 ふたりのあいだになにがあったのか。
 もし、なにかあったとして、そのことに触れないのはどうしてなのか。
 ――なかったことに、したいとか?

 恋の病が発症したあとの副作用なのだろうか。
 あれこれと考えこんでしまい、結局その夜も青羽は眠ることができなかった。
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