プラス1℃の恋人
「ありがとうございます。在庫をこっちに回してもらうことになるかもしれないので、そのままキープお願いできますか。すみません、どうぞよろしくお願いします」

 午後六時を過ぎた。
 青羽はリストの最後の欄に数字を書き込み、ふうっとため息をついてボールペンを置く。

 集中しているあいだはなにも感じなかったが、オフィスのエアコンはとっくに省電力モードになっていた。


 同業者を片っ端から当たってみたが、この不況である。
 収支がマイナスにならないように卸業者でも気を遣っているらしく、4500本もの不足分を補えるほどの在庫はないようだ。

 イベント用にとりあえずの在庫を確保しているところもあり、日程がしばらく先のものは、こっちに回してもらえないかと交渉した。
 だが、本来の受注数には到底及ばない。

 あとは千坂次第か。

〝いまから工場に出向いて直接交渉してくる〟

 そう言って出かけていったけれど、あれからずっと、千坂からの連絡はない。

 東京から宮城は新幹線で2時間。
 工場までは、駅からさらに1時間はかかる。

 青羽は千坂に何度かメールを送った。
 けれど、交渉中なのか移動中なのか、返信はない。
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