プラス1℃の恋人
「妹さんがいるなんて、初耳です」

「だろうな。俺だって、社員の家族構成なんか知らないよ。地元がどこかはチェックしているがな。ほら、盆正月で帰省したとき、地ビールの情報を持ってきてもらわなきゃならないし」

「じゃあ、私の地元がどこか知ってますか?」

「東京だろ? 町田だっけ。ああでもご両親は、いまは北海道にいるんだったな」

 当たり。
 社会人になってからしばらくは町田で家族と一緒に暮らしていたが、父方の祖母が倒れ、介護のために両親だけあっちに行っている。
 大学生の弟は青羽と一緒に住んでいるけれど、バイトだゼミだと家にはほとんど帰ってこない。


 それからしばらく、お互いの家族の話をした。
 千坂からプライベートの話を聞くのははじめてだ。

 それだけ気を許してくれているんだなあと思って、嬉しくなった。


 そうだ、あの日のことを聞いてみよう。
 ずっとずっと気になっていたこと。

 あの残業の日、ふたりに何があったのか。
 熱中症で倒れた自分が、どうして男子更衣室にいたのかということを。

 オフィスのフロアで倒れ、千坂の肌に触れたことだけはしっかり記憶に焼き付いている。
 吸い寄せられるように押し倒し、耳をあてて力強い鼓動を聞いた。

 ひんやりとした、硬くて広い胸。
 耳にかかる熱い息。

 でも、そこまでの記憶しかない。

 気が付いたら、自分は男子更衣室のベンチに寝かされていた。
 下着姿で、しかも首筋にはしっかりキスマークまでついていて。

 千坂となにかあったと思っていたが、本当のところはどうなのだろう。
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