プラス1℃の恋人
「そのあたりまでは、なんとなく覚えています……でも、そこから先の記憶が途切れてて……」

 気がついたら、男子更衣室のベンチにいた。
 肝心の部分を、ちっとも覚えていないのだ。

 千坂は「ううむ……」と言いよどんだが、「言っちゃってください!」と青羽は続きを促した。

「事務所の床にふたりで倒れこんだあと、お前は俺の上に馬乗りになった」

「え!? 私からそんなことをしたんですか!?」

「ああ。そしておまえは、俺のタンクトップをたくし上げ、気持ちよさそうに顔を付けた。なんだこいつ、暑さで頭がおかしくなったのかと思ったけれど、まぁ俺も男だし? そのままどうなるか、黙ってなりゆきを見守った」

「ちょっ……!」

 まさか、自分のほうからそんな行動に出ていたなんて。

 だが、そのあと続いた言葉が青羽を凍らせた。

「ところがだ。おまえは急に起き上がって口をふさぎ、『きもちわるい』と言った。気持ち悪くなるほど汗臭かったのかと激しくショックを受けたが、おまえは真っ青な顔をしてシャレにならない状態だったから、あわてて給湯室に運んだ。が、間に合わなかった……」

「うそ!」

 千坂に抱きかかえられながら、青羽は嘔吐したらしい。

 夏バテで食欲がなかったし、夕食も食べていなかったので、吐いたのは胃液だけだった。
 だが、青羽の服も千坂のシャツも、そのままでは帰ることができないほどには、悲惨な状態になった。

 上司に馬乗りになった状態で吐かなかっただけマシなような気もするが、それでも醜態をさらしたことには変わりない。
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