プラス1℃の恋人

【10】最初で最後の夜

 かわいい部下が抱きついて告白しているというのに、千坂は淡々と汚れた服を洗い続けている。

「なんで無視するんですか?」

「……また熱中症でおかしくなったのか」

 視線を洗面台に向けたまま発せられた言葉は、ずいぶんひどいものだった。

「好きなんです」

 けれど、この勝負には負けられない。
 青羽は両側から千坂の腕を掴み、洗濯の手を止めさせた。そしてもう一度言った。

「千坂主任のことが、好きです」

 千坂はそのまま黙っていたが、そばにあったタオルで濡れた手を拭くと、体の向きを変えた。
 そして青羽の頭にぽんと手のひらをのせた。

「俺も須田が好きだよ」

 驚いて上を向くと、困ったように笑い顔を作っている千坂と目が合った。

「じゃぁ、付き合ってくれるってことですね?」

「ああ。また飲みに連れてってやる。今度はみんなでな。二階堂や和宮さん、データ管理課の彼女も誘ってな」

「誤魔化さないでください」

 だてに3年も千坂の下についてきたわけではない。
 少し前までは恋愛対象として見ていなかったけれど、千坂の行動パターンなんてお見通しだ。

 こうやって煙に巻くつもりだろうが、こっちだって真剣なのだ。
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