プラス1℃の恋人
 着ていた服はどこにいったのだろう。

 部屋のなかを見回してみたが、青羽が着ていた服はどこにもない。

 シャワーブースからは相変わらず水音が聞こえ、白い湯気がカーテンの隙間からふわりとこぼれてくる。

 ――シャワーを浴びているヤツが、自分をここに連れてきた犯人か。

 恐怖を感じると同時に、むかむかと怒りがこみあげてきた。

 壁に手をつきながら、慎重に立ち上がる。
 状況がよくわからないけれど、とにかく、一刻も早くここを出ないと。

 カーテンの向こうに脱衣かごが見える。
 なかには、白いTシャツが無造作に投げ入れられていた。

 青羽は、カーテンを揺らさないように最大限の注意を払い、そっと手を滑り込ませた。
 そして、白いTシャツの端を握ると、そろそろと引き寄せた。

 ――よし、ゲット!

 青羽は自分を拉致した犯人のTシャツを拝借し、足音を立てないように気を付けながらその場所を抜け出した。

 盗んだのではない。
 このままの格好で出ていくわけにはいかないので、ちょっとだけ拝借しただけだ。

 犯人に報復してやろうという気持ちも、少なからずあったけれど。

 それに、このTシャツが犯人の手掛かりになるかもしれない。
 予備の服に着替えたら、態勢を整えて反撃開始だ。
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