プラス1℃の恋人
「俺も一緒に会社を出るから、ちょっと待っとけ」

「じゃあ、そのあいだに化粧を直してきますね。5分後でいいですか?」

「おう」

 このビルには、ミドルフロア用のエレベーターが3基ある。
 だが、その3基で11階から26階までをカバーしており、また業務時間を過ぎると、そのうち1基を節電のために停めてしまう。
 だから同じフロアにいる人間は、なるべく相乗りするのが暗黙のマナーだった。


 青羽が化粧直しをしてエレベーターホールで待っていると、きっちりしたスーツに着替えをした千坂が出てきた。

 クールビズのあいだは、ワイシャツにノーネクタイ、IDカードをぶら下げているだけというのがいつもの千坂のスタイルだ。
 でも、今夜はやたらとかしこまっている。

「これから誰かと会うんですか?」
「まあな」

 ニヤニヤと笑う姿は、青羽が入社したころからずっと変わらない。

 到着したエレベーターには誰も乗っていなくて、小さな箱のなかは、千坂と青羽のふたりだけだった。

 なんとなく会話がなく、千坂も青羽も、流れるように点灯する矢印を見つめる。

 そのまま誰も乗ってくることはなく、ふたりだけでエレベーターを降りた。
 地上までの時間が、やけに長く感じた。
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