プラス1℃の恋人
 気を取り直し、千坂はオフィスのなかに視線を戻した。

 6月に入り、会社でもクールビズが始まった。

 ネクタイをはずし、無地のポロシャツ姿での出社が可能になったのだが、正直評判はあまりよろしくない。
 エアコンの効いた涼しい部屋で、いままでどおりネクタイを締めていたほうがマシだという社員が大半だ。

「外回りから帰ってきたときくらい、会社で涼しい思いをしたいよなあ」

 内勤ならまだしも、外回りの営業社員は、ラフな格好だと先方を不快にさせてしまう場合がある。
 だから、クールビズといえどもワイシャツを着、訪問先によってはネクタイを締めなければならない。

 だがある意味、営業社員よりも内勤の社員のほうが過酷な状況だ。
 就業時間を過ぎると、会社の空調が自動で節電モードとなるからだ。

 完全にエアコンが止まるわけではないが、ヒートアイランド現象で夜でも暑い東京では、じわじわと外気の温度が建物のなかを蝕んでくる。

 千坂自身は夏の暑さをまったく苦にしないのだが、社員の半分はすでに夏バテ気味だ。

 ――まあ、悪いことばかりでもないんだけどな。

 社員も社員なりに知恵を働かせているらしい。
 休み時間を削ってでも、就業時間内に仕事を終わらせるという気構えを見せている。
 なので、仕事の効率自体はかなり上がった。

 責任者としては、依頼された仕事が期限内に片付けばそれでいい。

 夏は暑くてあたりまえ。
 額に汗して働くからこそ、仕事帰りの一杯が旨くなるってもんだ。
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