プラス1℃の恋人
 6月に入るとすぐに、青羽の勤めるクラフトビール・マーケティング・ジャパンでも、クールビズがスタートした。

 東京の一等地にある会社だからといって、無駄なコストをかけていいわけじゃない。
 それどころか、このB.C.square TOKYO自体が、環境に配慮した近未来的なビルと銘打ってエコロジーに取り組んでいた。

 照明は、すべて電力が低くてすむLED。外には緑地公園まである。
 壁は省エネ効果のある断熱素材。
 空気の循環を利用し、快適な室内温度を保てる設計になっているらしい。

 だから、エアコンの設定温度は、オフィスフロアでは28℃を保持するよう指示されていた。
 アッパーフロアのセレブ達まで、その規定を守っているかは定かじゃないけれど。

 だが、この「設定温度」という単語には、じつは落とし穴がある。

 例えば6畳のコンクリート造りの部屋ならば、28℃でも十分快適に過ごせるだろう。
 けれど吹き抜けのエントランスやフロア面積の広いオフィスでは、設定温度を28℃にしたからといって部屋全体が28℃になるわけではない。

 いくら最新の空調システムを備えたオフィスビルだといっても、すべての室内空間を快適温度に制御するなんてことは不可能だ。

 それに、働いているのは〝人間〟だ。暑さ寒さも、個人個人で感じ方が違う。


 そういうわけで、去年まで青羽の会社では設定温度をこっそり27℃にしていた。
「寒い人は上になにか羽織ってね」
 でなんとか折り合いをつけてきたのだ。

 ところが今年は、きっちり28℃に設定しろと、あらためてお達しがきた。

 たかが1℃、されど1℃。
 体温だって37℃と38℃とではだいぶ違う。

 しかも、残業時には省電力モードにしろというのだから信じられない。
「残業しないでさっさと帰れ」という意味なのだろうが、さすがにこの仕打ちにはみんな憮然とした。

『スーパークールビズ』なんて名前だけはかっこいいが、はっきり言って拷問に近い。
< 9 / 98 >

この作品をシェア

pagetop