愛し君に花の名を捧ぐ
 両手を離し、片足で枝を蹴って宙に飛んだ。裾がふわりと風をはらみ、金色の髪が広がる。気分は鳥にでもなったつもりでいたが、リーリュアの小さな身体はすぐに広い胸の中に収まっていた。
 嗅いだことのない神秘的な香りと滑らかな絹地に包まれ、静まっていたはずの心臓がまた騒ぎ始めてしまう。
 苑輝はそっとリーリュアを地面に降ろし、落ちていた靴の埃を払って小さな足の前に置いた。

『どうぞ』

「ありがとう、ございます」

 たとえ言葉がわからなくても、不思議なことにこの程度なら通じるものだ。互いに自然と顔がほころぶ。
 初めて見た苑輝の柔らかな表情は、幼いリーリュアの鼓動さえも速めるに十分なほど魅力的だった。

『良い国だ』

 ここからは城越しに城下町が一望できる。いまだ戦の痕は色濃く残っているが、緩やかに昇る煙は先日と違って白く、人々の営みが感じられた。

「なんて言ったの?」

 剛燕のゆったりとした袖口を引っ張って訊く。

「ああ。良い国だ、と。飯も水も旨いし、町の人たちも親切だって兵士たちが言ってましたよ。それに姫さんたちも美人揃いだ、って」

「え……」

 いまのひと言で、本当にそんなにたくさんのことを言ったのだろうか。リーリュアは疑いつつ、なぜか顔が熱くなる。

「おや、どうしました? そんなに顔を紅くして。おおっと、惚れたりしないでくださいね。オレには心に決めた方がいるんですから」

「バカ言わないで。だれが、あなたなんか」

 ふたりは兄妹ケンカのようなことを始めてしまう。剛燕はちょうど、リーリュアの口うるさい二番目の兄と同じくらいの年齢にみえた。だから余計に反抗したくなるのかもしれない。
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