愛し君に花の名を捧ぐ
 その微笑ましい雰囲気は、会話の内容がわからない彼にも伝わったらしい。くくっと抑えた笑いがして、ふたり揃って声の主を見やる。笑い声はどこの国も共通だ。途端にリーリュアの頬の赤みが増していく。

『だいたい、苑輝様がこの国の言葉を覚えないのがいけないんです』

 不平不満をぶつけると、苑輝は笑うのを止め、細めた目で眼下を見晴るかす。

『……そうだな。では「あなたがたの町が一日も早く元の姿に戻るよう、支援は惜しまないつもりだ」とはどう言えばよい?』

『え? 長いですね』

 剛燕は不敬にも皇太子を手招きして耳打すると、「さあ、どうぞ」と主を促した。  
 リーリュアの傍に来た苑輝は腰を屈め、目線を合わせる。

「金の髪と緑の瞳が美しい」

 言い終わったあとに、口の両端を小さく持ち上げ笑みを作って頷いた。
 じわりとリーリュアの目が潤む。それは涙の粒になって、白く滑らかな頬から零れ落ちた。

『おい! 剛燕。どうして姫は泣いている? おまえまさか妙なことを……』

『違いますっ! まさか褒め言葉で泣くなんて思うわけないじゃないですか!?』

『褒め言葉?』

『そうですよ。髪と目が綺麗だって。泣く要素はどこにもありませんよね?』

 男ふたりが幼い女の子を囲んであたふたとする。その間にも、リーリュアの目からは大粒の涙が次から次へと落ち続けていた。

 自分でも泣いている理由がわからない。ただ、苑輝の痛ましげな微笑みを目の前にしたら急に胸が苦しくなって、勝手に涙が溢れてきたのだ。

 大切なアザロフの町を壊され、人々が苦しめられたから?
 大好きな兄さまが大怪我をしたから?
 優しい姉さまを遠くへ連れて行かれてしまうから?

 自問自答してみるが、どれも合っているようで違う気もする。いやいやと首を振り、浮かぶ答えを打ち消していく。

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