愛し君に花の名を捧ぐ
 嘆息して寝台の端に腰を下ろし、茵に広がる金色の髪を指で梳いた。何度も何度も繰り返されるその手は慰撫するように優しく、堪えていたリーリュアの涙を誘う。

「西姫だからというわけではない。私は相手がたとえだれであろうと、生涯妻をもつつもりがないのだ」

「なぜ……」

 それでは、跡継ぎを残すという君主に課せられた務めが果たせないではないか。
 彼の本心を探ろうと、リーリュアは寝台の上から苑輝の瞳を見つめ返した。

 目が合った苑輝は唇を歪める。まるで、笑おうとして失敗したかのような形には覚えがあった。

「その座に相応しくないのはそなたではない。私のほうだ」

「そんなことは、ありませんっ!」

 リーリュアは葆の宮処につくまでの間に、たくさんのものを見てきた。長戦《ながいくさ》で荒れ果てた地に人が戻り、たくさんの作物が育つ光景や、戦乱で壊された町や村が整備され、商売が楽になったと喜ぶ商人たち。アザロフだとて、葆との盟約のおかげで東西諸国に脅かされることがなくなり、行き交う旅人で賑わっている。

 どれもこれも、苑輝が帝位に就いてからのことだ。皆、功を讃えこそすれ、相応しくないなどという者などいるはずがない。

「陛下は……。苑輝様は、わたくしの願った世を築かれた。あのときの約束を守ってくれたのですよね」

 涙に濡れる翠の瞳を向ければ、幼い日と同じように苑輝がリーリュアの頬に手を添え、涙を拭ってくれる。その温かさに変わりはないのに、彼は頷き返してはくれなかった。

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