愛し君に花の名を捧ぐ
◇ ◇ ◇
リーリュアは、天井板に描かれた花文様に向けてため息を吐き出した。自分の身にいったい何が起こっているのか、まだ理解できずにいる。
アザロフは葆の遙か西にある山間の小国だ。豊かな緑と山の幸以外、これといった特産もない。ただ大陸の西と東を繋ぐ要所として、多くの旅人や商人が通過することで国はそれなりに潤っていた。
東西を結ぶ大きな街道はアザロフの北と南に連なる険しい山脈を避けて通っているため、先を急ぐ者にはアザロフ国内を通過するほうが便がいい。実際、迂回するより徒歩で十日以上も早く抜けられる。
それゆえに、西へ東へ領土を広げようと試みる隣国から侵略を試みられることも多かった。
一度に大軍を送り込めない地の利と、他国の王家と積極的な縁組を行うことで、どうにか独立を守ってきた、というのがアザロフ王国の歴史である。
だから今回も、近年アザロフ国内にみつかった鉱脈を掘る人手と技術を提供する代わりに、採掘品取引の優先権と縁組を、という葆からの条件になんの疑いも持たず、末姫であるリーリュアを差し出したのだ。
「でもオレは、婚姻は余計なんじゃないかと思ってたんですよね」
「どうして?」
ぼうっとして働きの鈍い頭を、アザロフから護衛として付き従ってきたキールに向ける。彼は国軍を指揮する将軍の息子で、リーリュアとは幼馴染みともいえる間柄だった。
「逆ならわかるんですよ。葆から妃を迎えるならね。だって、こっちはお宝の山かもしれない場所に、他国の人間を入れることになるんですから」
「そういわれれば、そうだけど」
常に緊張感を持たなければならない地理にもかかわらず、アザロフの国民性はおおらかで楽天的だ。その筆頭が王家だといってもいい。
『我が国にはいまだ皇后がおりません。こちらの王家にいらっしゃる麗しい姫君の噂は、遠く離れた葆の宮処《みやこ》、永菻《えいりん》にまで届くほど。この縁をより堅固なものにするため、我が主の后としてお迎えできれば、これほどの喜びはございません』
アザロフを訪れた葆の勅使であった李博全が王にそう申し出たとき、リーリュアは父より先に返事をしてしまったのだ。
『わたくし、苑輝様の妻になります!』と。
リーリュアは、天井板に描かれた花文様に向けてため息を吐き出した。自分の身にいったい何が起こっているのか、まだ理解できずにいる。
アザロフは葆の遙か西にある山間の小国だ。豊かな緑と山の幸以外、これといった特産もない。ただ大陸の西と東を繋ぐ要所として、多くの旅人や商人が通過することで国はそれなりに潤っていた。
東西を結ぶ大きな街道はアザロフの北と南に連なる険しい山脈を避けて通っているため、先を急ぐ者にはアザロフ国内を通過するほうが便がいい。実際、迂回するより徒歩で十日以上も早く抜けられる。
それゆえに、西へ東へ領土を広げようと試みる隣国から侵略を試みられることも多かった。
一度に大軍を送り込めない地の利と、他国の王家と積極的な縁組を行うことで、どうにか独立を守ってきた、というのがアザロフ王国の歴史である。
だから今回も、近年アザロフ国内にみつかった鉱脈を掘る人手と技術を提供する代わりに、採掘品取引の優先権と縁組を、という葆からの条件になんの疑いも持たず、末姫であるリーリュアを差し出したのだ。
「でもオレは、婚姻は余計なんじゃないかと思ってたんですよね」
「どうして?」
ぼうっとして働きの鈍い頭を、アザロフから護衛として付き従ってきたキールに向ける。彼は国軍を指揮する将軍の息子で、リーリュアとは幼馴染みともいえる間柄だった。
「逆ならわかるんですよ。葆から妃を迎えるならね。だって、こっちはお宝の山かもしれない場所に、他国の人間を入れることになるんですから」
「そういわれれば、そうだけど」
常に緊張感を持たなければならない地理にもかかわらず、アザロフの国民性はおおらかで楽天的だ。その筆頭が王家だといってもいい。
『我が国にはいまだ皇后がおりません。こちらの王家にいらっしゃる麗しい姫君の噂は、遠く離れた葆の宮処《みやこ》、永菻《えいりん》にまで届くほど。この縁をより堅固なものにするため、我が主の后としてお迎えできれば、これほどの喜びはございません』
アザロフを訪れた葆の勅使であった李博全が王にそう申し出たとき、リーリュアは父より先に返事をしてしまったのだ。
『わたくし、苑輝様の妻になります!』と。