愛し君に花の名を捧ぐ
「もういいです。もう、止めてください」

 リーリュアは、御伽噺を語るように淡々と話し続けた苑輝の頭を胸に抱えて言葉を遮る。
 自分で教えて欲しいと懇願したのに、これ以上彼に話をさせたくなかった。
 鬱血の残る首と手には包帯が巻かれた。寝衣に隠れている足や腹にはいくつもの無残な痣ができている。だがそれよりも痛むリーリュアの胸など比べものにならないくらい、苑輝の心は傷つき血の涙を流していた。そこに自分はさらに刃物を突き刺し、抉ってしまったのだ。

 幼い自分を受け止めてくれた逞しい腕が、雛鳥に触れるようにそっとリーリュアの腰に回された。辛いのは、悲しいのは彼のはずなのに、温かい掌は子どものように泣きじゃくるリーリュアの背を優しく撫で続けた。

「今日はすまなかった。そなたには二度と母を近寄らせない。……さあ、もう休みなさい」

 苑輝は心身共に傷ついたリーリュアへ寝台に横になるように促すが、それを断る。

「苑輝様は優しすぎるのです」

 リーリュアは袖口で赤く手形の残る頬を拭う。一生分の涙を出し尽くしてしまったかと思ったが、気を許すとまた視界が歪み始める。意識して目を見開いたが、それも失敗に終わった。

 頬を零れ落ちていく水晶の欠片は、膝の上で握りしめた拳に当たり、あえなく弾けた。

「私は皆がいうほどできた人間ではない。母を断罪することなく真実を隠して民を欺き、多くの血で染められた玉座に居座り続けている。西姫の中にいる私は本当の私ではない。そなたの理想とは程遠い男なのだ」

「いいえ、いいえ。わたくしの夢を叶えてくださった賢君も、己ではどうしようもなかったことに悩み苦しまれる陛下も、どちらも同じ苑輝様にかわりありません」

 リーリュアの私室に点された燭の灯りが作る苑輝の顔の陰影が、彼の苦悩の深さを表す。リーリュアはまだ涙で潤む瞳で、ぎこちなく笑んでみせた。

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