愛し君に花の名を捧ぐ
「本当の苑輝様を教えていただき、ちょっと安心しました。正直なところ、聖人君子のような方の妻が、なんの取り柄もないわたくしで務まるのかと不安だったのです」

 アザロフで言葉を教えてくれた葆の商人たちは、こぞって自国の新しい君主を讃えていた。おかげでリーリュアの恋慕は際限なく膨らんだ。
 その反面、彼らの口から皇后と世継ぎを望む声を聞くたび、今にも大国の皇帝の妻として申し分のない姫君が現れるのではと、やきもきさせられていたのだ。

「これでも、わたくしだって王家の人間です。政は綺麗事だけでは済まされないことも、どこの国のどの時代でも、玉座を巡る惨事が起きることも知っています」

 それでもやはり、人が争い血が流れるのは嫌だと思ってしまう自分は甘いのだろう。膝に乗せた両手で衣をきつく握り、己を奮い立たせた。

「覚悟はできていると申し上げました。なにがあろうと、わたくしは苑輝様のお傍にいたいのです」

「なぜそこまで。私は一度はそなたの国に攻め入ったのだぞ」

 アザロフの歴史の中でも、あの戦は国家存続をかけた最大級の危機だった。
 あのまま西国に占領されていたら、いまのアザロフ王朝は消えていただろう。そして、葆の将が苑輝ではなかったら、父王や兄たちの命は亡く、リーリュアの行く末はどうなっていたかわからない。

「幼いころから、陛下はわたくしの英雄でした。……あなたをお慕いしています」

 しかしリーリュアの決死の告白も、苑輝を困惑させるだけだった。
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