愛し君に花の名を捧ぐ
「素敵ね」

 届けられた二幅の軸を広げてリーリュアはため息をつく。
 片方は番の鴛鴦《おしどり》が寄り添い、のんびりと川の流れに揺蕩う様を、もう一幅は枝もたわわに実る瑞々しい桃の画だ。

「どちらを飾ろうかしら。ねえ、紅珠。あなたはどう思う?」

 訊ねてみるが、相手を命じたはずの紅珠は固くかしこまってしまい、リーリュアの話を聞くだけなので会話にならない。代わりにおしゃべり好きの高泉《こう せん》が口を挟んできた。

「この桃、すごく美味しそうに描かれていますね」

 そういえば彼女は食い意地も張っていた。しかし言われてみればたしかに、立派な桃の実からは甘い香りが漂ってきそうだ。
 目録には、鴛鴦の軸が吏部の孟志範《もう しはん》、桃の画は工部の崔勧《さい かん》からとある。もちろんどちらもリーリュアの知らぬ名だ。

「では、こちらにしようかしら」

「わ、私は、こちらがいいと思いますっ!」

 桃の軸に手をかけた途端、紅珠は鴛鴦のほうを推してくる。リーリュアはいつにない勢いに驚いていたが、高泉はあっさり意見を翻した。

「そうですね。西姫様にはこちらが先かも」

「どういう意味?」

「鴛鴦は夫婦円満、桃の実は子宝祈願を表していますか……らっ」

 傍らで目録を作っている颯璉に睨まれ、慌てて高泉は口をつぐむ。その口を両手で塞いだままそそくさと仕事に戻ったのを確認し、颯璉はまた筆を運び始めた。
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