愛し君に花の名を捧ぐ
リーリュアは涙を堪えるように、瞼を閉じて深呼吸する。その努力も虚しく、再び開かれた翆緑の瞳にはうっすらと水の膜が張られていた。
「わたくしは、この国に災いをもたらすのでしょうか? 苑輝様の治世の妨げにしかならないのですか?」
異国出身の皇后が誕生するのを危ぶむ勢力があることは、苑輝も把握している。
しかしそれが、リーリュアの耳にまで届いているとは予想外だった。こんなところでも自分の詰めの甘さが出てしまう。
「葆の民を苦しめることも、平らかな世を目指す苑輝様の邪魔になることも、わたくしの本意ではありません。……ですがそれでも、陛下の傍にいたいと願ってしまうようなわたくしだから、龍は怒って雷を落としたのでしょうか」
後宮に雷が落ちたことが、一部の者の間で騒ぎになっていることも知っていた。それでいながら、庚州の問題や皇太后の死などで対処を後回しにしてしまったことを、苑輝は激しく悔やむ。
「皇太后様は、わたくしのせいで……」
「それは違う!」
思わず叫んでいた。苑輝は、嵐に耐える小鳥のように震える、リーリュアの細い肩を抱き寄せる。
「すまない。そなたを守ってやると言いながら、なにもしてやれなかった。母の死はだれのせいでもない。むしろ、いままで苦しませてしまったのは、ほかでもない私の責任だ」
先帝の死因を公にし皇太后を罪に問いていれば、彼女はこんなにも長い間、屍のように生きながらえることなく、夫や息子の元へ旅立てたのかもしれない。
苑輝のしたことは、図らずも皇太后にとって、死を与えられることよりも残酷な刑になっていたのだ。
「もし落雷が龍の怒りだというのなら、忌まわしい血の流れる身でありながら、西姫を愛おしいと思ってしまった私への戒めだ」
いまにも溢れんばかりに涙を溜めていたリーリュアが瞬きをした。雫になって落ちるかと思われた一滴は、苑輝の袖に吸い込まれて消える。
「私のように穢れた手が、新雪の如き真っ更なそなたに触れることを、許してもらえるのだろうか」
躊躇いながらかざした掌に、リーリュアのほうから頬ずりをしてきた。
「なにを恐れることがありましょう。これで何度目になりますか? わたくしはあなたの妻になりたいのです」
新たな涙を浮かべる一方で微笑むリーリュアの面差しからはもう、雛鳥の持つ危うさが消えていた。
「わたくしは、この国に災いをもたらすのでしょうか? 苑輝様の治世の妨げにしかならないのですか?」
異国出身の皇后が誕生するのを危ぶむ勢力があることは、苑輝も把握している。
しかしそれが、リーリュアの耳にまで届いているとは予想外だった。こんなところでも自分の詰めの甘さが出てしまう。
「葆の民を苦しめることも、平らかな世を目指す苑輝様の邪魔になることも、わたくしの本意ではありません。……ですがそれでも、陛下の傍にいたいと願ってしまうようなわたくしだから、龍は怒って雷を落としたのでしょうか」
後宮に雷が落ちたことが、一部の者の間で騒ぎになっていることも知っていた。それでいながら、庚州の問題や皇太后の死などで対処を後回しにしてしまったことを、苑輝は激しく悔やむ。
「皇太后様は、わたくしのせいで……」
「それは違う!」
思わず叫んでいた。苑輝は、嵐に耐える小鳥のように震える、リーリュアの細い肩を抱き寄せる。
「すまない。そなたを守ってやると言いながら、なにもしてやれなかった。母の死はだれのせいでもない。むしろ、いままで苦しませてしまったのは、ほかでもない私の責任だ」
先帝の死因を公にし皇太后を罪に問いていれば、彼女はこんなにも長い間、屍のように生きながらえることなく、夫や息子の元へ旅立てたのかもしれない。
苑輝のしたことは、図らずも皇太后にとって、死を与えられることよりも残酷な刑になっていたのだ。
「もし落雷が龍の怒りだというのなら、忌まわしい血の流れる身でありながら、西姫を愛おしいと思ってしまった私への戒めだ」
いまにも溢れんばかりに涙を溜めていたリーリュアが瞬きをした。雫になって落ちるかと思われた一滴は、苑輝の袖に吸い込まれて消える。
「私のように穢れた手が、新雪の如き真っ更なそなたに触れることを、許してもらえるのだろうか」
躊躇いながらかざした掌に、リーリュアのほうから頬ずりをしてきた。
「なにを恐れることがありましょう。これで何度目になりますか? わたくしはあなたの妻になりたいのです」
新たな涙を浮かべる一方で微笑むリーリュアの面差しからはもう、雛鳥の持つ危うさが消えていた。