愛し君に花の名を捧ぐ
苑輝は何度か声に出しリーリュアを呼んでみる。だがどれも、少し違うと首を振られてしまっていた。

「リーリュア、です。陛下」

「リューリハ? いや、リャールアか?」

 なぜできないのかと呆れられ、終いにはとうとうリーリュアが折れた。

「もう、結構です。苑輝様が呼んでくださるのでしたら、西でも東でも構いません」

 ふいと、頬を膨らませてそっぽを向く。

「そのようにすると、やはりまだ仔リスのようだ」

 愛らしい姿をからかうと、リーリュアは慌てて戻した頬を月のない夜でもわかるほど真っ赤に染めた。

「葆では子につける名と文字に意味を持たせることが多い。そなたの国ではどうだ?」

 苑輝に訊ねられたリーリュアは眼を細め、暗い西の夜空を見晴るかす。

「母が産み月に入ったある日。父王はアザロフの山へ狩りへ出かけていたそうです。鹿も猪もいっこうにみつからず、鳥の一羽も捕らえることができないまま山を下りようとしたとき、岩場に咲く一輪の大きな白ユリの花をみつけました。母に贈ろうとそれを持ち帰ったところ、わたくしが産まれたのだと聞いています」

「ユリ……」

「はい。私の名前、リーリュアはアザロフの言葉で“ユリ”を指すのです」

 苑輝は大きく頷いた。アザロフ王がみつけたそのユリは、いま、自分の目の前で大輪の花を咲かせようとしている。

「父上がつけてくださった大切な名だ。これからは、そなたのことを『百合』と呼ぶことにしよう。――いいだろうか?」

「百合……。もちろんです!」

 喜色満面で苑輝に飛びつこうと広げた両腕を、急いで引っ込めて背中に回す。不審な動きをしたリーリュアに、苑輝が眉だけで理由を問う。

「……颯璉に、はしたない行いは慎むようにと言われています」

 相も変わらず頭の堅い女官長に対し苑輝は内心で舌打ちをして、揺れる袖口から玉香が香る腕を広げた。

「ならば私からの命としよう。さあ、こちらへおいで。百合」

 今度は躊躇うことなく、リーリュアは苑輝の腕の中へ飛び込んでいく。それをしっかり受け止めた苑輝は頬に手を添え、静かに唇を重ねた。
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