愛し君に花の名を捧ぐ
第七章 別離
 ひとり寝には広すぎる寝台。寝ぼけ眼で動かした腕は空を切り、そのまま茵を叩く。その行為に若干の虚しさを抱えながら、リーリュアは目を覚ました。

 寝台の上で身じろぎすれば、すかさず侍女たちがやってきて身支度を手伝う。

「陛下は、また?」

「はい。未明には、丞明《じょうめい》殿に戻られました」

 あの月のない夜から、苑輝は先触れもせず公務後の遅くにリーリュアの元を訪ねてきて、ともに酒肴を楽しんだり、おもにリーリュアの話に付き合ったりして夜を過ごしていくようになった。

 リーリュアが眠気に勝てずうつらうつらし始めると、ともに寝所に入り、彼女が寝入るまで添い寝する。
 必死になって起きていようとしても、心地好い体温と髪を撫で続ける優しい手に瞼は抵抗を放棄し、ほどなく閉じてしまう。

 だから、リーリュアが被褥《ふとん》の中で最後に覚えているのはいつも、堕ちる間際に触れる苑輝の唇の感触だけ。次に眼が開いたときには、すでに苑輝の姿も熱も消えているのだ。

「西妃様。本日の御髪にはこちらでよろしいでしょうか」

 珊瑚の花が咲く小ぶりの釵を見せられ頷く。高く髷を結った上に頭が傾くほどの飾りを付けるのは、リーリュアも苑輝も好みではなかった。

 侍女たちの主人への呼称は、西姫から西妃に変わっている。皇太后の喪が明けるの待ち、正式にリーリュアが皇后となる立后の儀の日取りが公表されたのだ。
 皇后となったあかつきには、さらに西后と変わるはずである。

 式典の段取りや皇后としての立ち居振る舞いなど、方颯璉の指導はますます過熱していた。その疲労もあり、つい夜は眠くなってしまうのだが、このままでいいのだろうかと思わないわけでもない。

 皇后の、皇帝の妻としての一番の役目は、子をなすこと。それは、颯璉からも事ある度に言い含められている。立后を待つことはない、と暗に仄めかすくらいだ。

 だがリーリュアの脳裏からは、「血を遺したくない」という苑輝の言葉が離れることはない。このまま彼は、自分を“妻”として扱う気はないのだろうか。

 ついこの間まで、苑輝の顔を見られたことに喜んでいた自分は、なんと厚かましいのだろう。

 それでも、彼の指先や唇が触れるたび、リーリュアの心には歓びと一緒に切なさが募る。

 リーリュアは、苑輝が絶ちたいと望む血を繋げたいと願ってしまう。

 無益な争いのない世を創ろうとしている彼の意志と一緒に――。
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