愛し君に花の名を捧ぐ
 上下左右に激しく身体を揺すぶられ、リーリュアは小声で呟く。

「陛下の嘘つき」

 苦痛に眉根を寄せる顔は、微かに紅潮していた。

 リーリュアと苑輝をそれぞれに乗せた輿は、皇宮の北大門を通り、雷珠山中腹に建てられた宗廟を目指す。

 華やかな装飾を施した輿を担いで険しい山道を登るのは、礼部の者たちだ。リーリュアらはただ乗っているだけでいいはずなのだが、一応道としての体裁は整えられているとはいえ、普段は人の通らない山中である。道程は激しい揺れを伴い、転がり落ちないようにするのが精一杯で、とてもではないが眠ってなどいられなかった。

 輿を覆う紗幕を少しずらして景色を覗く。道の左右はすぐに深い山林が広がり、木々の葉が思い思いに色を変えて冬支度を始めていた。

 空気が皇城のある麓よりもひやりと冷たく感じるのは、立ちこめる靄のせいだけではないだろう。
 霊峰と人々から崇められる通り、どこか凜とした雰囲気が漂う。
 自生する樹木も、なりを潜めてこちらを窺う生き物も異なるというのに、リーリュアは生まれ育った故郷の山を思い出していた。


 ずいぶんと高く登ったところで、急に輿の動きが緩やかなものになる。聞こえる足音も固いものに変わったことから、山の中腹を切り開いて建てた宗廟に到着したらしい。紗幕越しの正面に殿舎が現れていた。

 先には苑輝の輿もある。リーリュアは停止した輿の中で姿勢を正す。

 ゆっくりと下ろされた輿の幕が除けられ、よりいっそう静謐な気がリーリュアを取り囲んだ。

 輿に付き添い山道を登ってきた紅珠が、降りようとするリーリュアに手を差し出している。いつの間にか靄は晴れ、ぽっかりと開いた空から陽光が差し込んでいた。

 眩しさに目を細めたまま、延べられた手をとろうとしたそのときだ。

『ダメだ!姫様っ!!』

 懐かしい声がしたかと思うと、紅珠の身体が勢いよく突き飛ばされ敷石の上に転がる。

『キール!?』

 輿の前に飛び出してきたのはリーリュアにとって大切な友人だが、この場にいる者たちには淡い色の髪をした不審人物だ。抵抗むなしく、すかさず取り押さえられる。

 両膝をつかされ、左右の腕を後ろから捕らえられたキールは、それでも振り解こうと必死にもがく。耳障りな金属音をたて、警護の兵が剣を抜いた。

「お止めなさいっ! その者はわたくしの知り合いです」

 リーリュアの悲鳴じみた叱責が、その場の動きを一旦止める。


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