愛し君に花の名を捧ぐ

「紅珠は、アザロフとわたくしを恨んでいたのですね」

「単にそれだけではなかった。紅珠の父親も不正に荷担していたと脅され、母親と弟妹を人質に捕られていたらしい。それでも最初は彼女なりに穏便な方法をとろうとしたようだ。雨漏りがする廃屋から逃げ出す姫でなかったのは、誤算だったのだろうな」

 無理に作った笑みが、かえって悲劇を強調させる。

 彼女がそれほどの大きな悩みを抱えていたことに気がつけなかった。もっときちんと向き合っていればよかった。自分の事ばかり考えていた。後悔だけがリーリュアの胸に募る。

「……それで、紅珠の家族は無事なのですか」

 リーリュアは紅珠が命がけで守ろうとした彼らの安否が気になり、身を乗り出して消息を訊ねた。

「鉱山の不正の調査は、すでに別方向から行っていたのだ。それに思悠宮の修理の件での工部の扱いと颯璉からの報告で、おかしな点があることに博全が気づいて、探りを入れている最中だった。もう少し早く手を回していれば、あれは防ぐことができたのかもしれない」

 大きくため息を吐き出した苑輝の前置きは、リーリュアの鼓動を速めるばかりだ。重ねて問い質す。

「それで丹家の者たちは」

「皆無事に保護された」

 とりあえずは胸を撫で下ろした。葆の法では、彼らにどのような処分が下るのだろうか。
 眉を曇らせるリーリュアの頬に、苑輝の手が伸びてくる。

「そんな顔をさせたくなかったから、国へ返そうとしていたのだが」

「苑輝様のほうこそ、お辛そうです」

 少しやつれたように見える苑輝の顔に触れる。自分が倒れてから、どのくらい経っているのかもわからない。

「当たり前だ。百合が三日も目を覚まさなかったのだから」

 笑おうとして失敗した苑輝がリーリュアを胸に抱き、失わずに済んだ存在を確かめる。

「もう一度訊く。私は万能ではない。これからもきっと、百合を危険な目や辛い目に遭わせるだろう。それでもここにいてくれるのか?」

 リーリュアは苑輝の背に腕を回して、力の限りに抱きしめ返す。

「では何度でも言います。わたくしはあなたの妻で、わたくしの国はこの葆です」

 涙の乾いた顔で、精一杯の笑顔を作った。

「ふたりで……みんなで創りましょう。皆が笑って幸せに暮らせる国を。同じ人間同士で傷つけあうことのない世の中を」

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