愛し君に花の名を捧ぐ
 大陸の極東に位置する葆は広大で肥沃な土地を有し、独自の文化を築いてきた歴史ある国だ。
 ここ近年では、接する近隣国との多少の小競り合い程度は日常茶飯事ながら、積極的な他国への侵略を行うようなことをほとんどしてこなかった。

 ところが苑輝の父、琥宗達《こ そうたつ》が皇帝に即位すると、強大な武力を用い、強引に領土を西へ広げ始めたのだ。それはこの数年で急激に速度を増し、ついにはアザロフのすぐ東の国にまで及ぼうとしていた。

 もちろん、西側の各国は葆の台頭を快く思うはずもない。東西を繋ぐ要所であるアザロフが葆に横取りされる前に我がものに、と考える国が現れるのも当然だ。

 軍事弱小国であるアザロフを属国にしようと、様々な国が言葉巧みに言い寄ってきたが、国王はなかなか首を縦には振らなかった。
 いくらお人好しの王でも、国内を我が物顔で横行されたり、警護と称して他国の軍が駐在し、その費用まで負担することを良しとは思わなかったのである。

 業を煮やした西隣の国が、とうとう軍を進めてきた。その報が届くのと前後して、東隣の国も葆の手に落ちる。
 間に挟まれたアザロフが戦場となることは目に見えていた。

 国王はとにかく国民の安全を一番に考え、東西の関で時間稼ぎをさせ、自ら指揮をとり城下の人間を逃がすために城を発った。
 だがその半ばで、先に西の国が王都になだれ込んできたのだ。そして時を置かず、東から葆の軍もやってきて、瞬く間もなく城下町に戦が広がってしまった。

 王と城を守りつつ、民を戦禍の届かない場所へ誘導しようとするアザロフの兵。城を目指し突き進もうとする西の国。そして、それを阻止しようしている葆の軍。

 三国の軍が入り乱れた戦いは、そう長くは続かなかった。

 圧倒的な強さをみせる葆軍を前に、これ以上の犠牲と混乱を生むわけにはいかないと判断したアザロフの王が膝を折ったからである。

 二国に手を組まれてしまった西側の国は、捕らえられた将を置き去りにし、ほうほうの体で自国に逃げ帰っていった。

 己の首も含め、さぞ無理難題をふっかけられるだろうと腹を括っていたアザロフ王は、葆側から提示された和睦の条件に面食らう。

 西を警戒するための軍は置いていくが、滞在にかかる費用については、アザロフ側の負担は一切不要。葆の民が国内を通る際の通行料も従来通り支払う。
 その代わり、葆の商人が西国と取引をするための拠点を造らせて欲しい。
 最後に、王家から王女をひとり、葆にもらい受けたい。端的にいえば人質として。

 これらは、武力によって征圧された国に出されるものとしては異例の条件ばかりであった。

 皇太子である琥苑輝は、いまだ未婚ときく。つまりは次期皇帝の妻に、アザロフの姫を迎えようというのだ。
 リーリュアの一番上の姉が、当時十七になったばかり。運良くとでもいおうか、まだどこの家とも縁談はまとまっていなかった。
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