愛し君に花の名を捧ぐ
◇ ◇ ◇

 高い青空に風花が舞う。雷珠山に被る雪が、日に日に麓へ向け降りてきているようだ。葆の宮処に本格的な冬が訪れるのも、もう間もなくである。

「どうせなら、婚礼までいればいいだろう? それくらい陛下も許してくれると思うが」

 剛燕は皇城の西大門の前で大きく伸びをした。キールの連れている馬がびくりと耳を動かす。

「禁足の地である山に入って、お咎めが国外追放だけで済んだんです。これ以上特別扱いされたら、姫様にも迷惑がかかってしまう」

 剛燕の邸を出たあと、キールはアザロフには戻らず永菻に留まっていたのだ。あろうことか、霊峰として立ち入りを禁じられている雷珠山に分け入り、山の幸を獲って生活の糧にしていたという。
 呆れた剛燕がどうやって潜り込んだのかと問えば、「陸地は繋がっている」と答えが返ってきた。昼なお暗い山林も険しい山肌も、アザロフの山々に慣れた彼にはそれほど苦にならなかったようだ。

 北の守りを考え直さなければと、国防の一画を担う剛燕は、頭を悩ませることになった。

「まあ、一応姫さんの命の恩人だから。でも、あんな小さな針がよくわかったな」

 あの日も、キールは獲物を追って雷珠山山中にいた。偶然みかけた輿を追いかけ、あの場面に遭遇したのだ。

「ちょうど陽が出たんですよ。それに、指の間で挟んだ針が反射して。挙動もなんだか不自然だったし」

 皇后になるとの噂を耳にして、リーリュアを見るのはこれがきっと最後だと思った。その姿をくまなく目に焼き付けようとしていたからこそ、些細な違和感に気がついたのである。

「その目、やっぱり惜しいな。どうだ? 髪を染めてウチの隊に入らないか?」

「嫌ですよ。眼はどうするんですか。それにオレは、これまでもこれからもアザロフの民です、って止めてください!」

 ぐしゃぐしゃと亜麻色の髪が豪快にかき回される。その手を払い退けようと奮闘するキールを呼ぶ声がした。

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