愛し君に花の名を捧ぐ
「そのようなこと、考えたくもありません」

 苑輝はいまにも泣きだしそうなリーリュアの右手をとると、その掌に人差し指で文字を綴り始めた。

「百合は葆の文字で、“百”回“合”う、と書く」

 くすぐったさと温度を、苑輝の指先が丁寧に一画ずつ掌の上に残していく。目に見えないそれが消えてしまわないうちに、リーリュアは閉じ込めるようにしてそっと握った。

「たとえ百度生まれ変わったとしても。この世のどこにいようとも。必ずそなたを見つけ出しまた巡り合うことを、私はあの白い花に誓う」

 風に揺れる百合の花に移していた視線を、苑輝はリーリュアに戻して微笑み、頭に手を乗せる。

「だから百合は、ゆっくりおいで。いつものように、飛び込んでこなくていい」

 リーリュアは、髪を撫でる苑輝を上目で見た。

「それは、少し難しいかもしれません。だって、わたくしは陛下の腕の中が大好きなのですもの」

 身重の妻に勢いよく飛びつかれ、苑輝は焦る。抱き留めると同時に、全身に異常がないかと目を走らせた。

「危ないではないか。なにかあったら……」

「ですから! 苑輝様はずっと傍でわたくしを見張っていらしてくださらないと困ります。わたくしは、来世の約束より、“いま”をあなたと繋げていきたいのです」

 久しぶりに見た、仔リスのように頬を膨らませる妻に、苑輝は観念の苦笑を返す。

「まったく。これでは百歳まで生きても、心配で逝けないではないか」

「ではこうしましょう。“百”までふたりで笑い“合”う、と」

 言質を取ったリーリュアは、満足げに微笑んだ。

 苑輝と交わした約束は、必ず守られると知っているから……。

  
――国内外に賢帝と広く名を遺した成朋帝の御代。輝く苑にたった一輪だけ咲いた、大輪の白百合の恋愛譚――



【 完 】

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