闇に紛れてキスをしよう







「今日も残業だったんか?…あぁそっか、年度末だもんな、そら忙しいか~」




癒しの田中さんは、いつもみたいなふにゃふにゃした雰囲気で話していて、それが今の状況に似つかわしくないから余計に怖くて…。


すっ…としゃがんで私の目線まで降りてくると、目の前に現れた田中さんはいつもみたいに微笑んでいたのに、瞳は全然笑っていなかった。




「た、田中さん……なんでヘリから……」

「……どっから聞いてた?三上ちゃん」




グッと距離を近付けると、私の手首をぎゅっと掴んでフッと鼻で笑う。


掴まれた手首は、私なんかの力じゃ振り払えない程に強くて、私を探るようにじりじりと距離を詰められていく。




「あれ?有明先生のトコの子じゃん…って何でこんなトコに居るの?」




壁の角からスッと顔を見せた人にも、私は見覚えがあって、予想通りだったのに腰を抜かしそうになった。


彼は、私の働く事務所の先生が顧問弁護士を務める会社の代表で、「B.C. square TOKYO」にオフィスを構え、このビルで働く女子なら誰でも一度は憧れる、坂井修一郎だ。


「FIRST leaf Inc.」というコンサルタント会社の代表を務めながら、メディアへの露出も多く、その眉目秀麗さに世間からの評判も上々、さらに言えば独身という超優良物件の代表格みたいな人。


高級ブランドのスーツを身に纏って、その腕には高級時計、細い銀縁の眼鏡フレームが更に彼の知性を際立たせている。


私の働く事務所にも、彼のファンと化した先輩社員が居て、彼女曰く…




「花が綻ぶ様に微笑んで、時々帝王みたいにニヤッと口元上げたりする辺り、爽やかなだけじゃないのがツボだし、お高く留まってるだけじゃなくて周りの人を楽しませようとふざけたりするのもイイんだよねぇ…」




なんて、目がハートになっちゃってるんじゃないか…っていう位に力説されたのも記憶に新しい。


確かに先生の所に打ち合わせに来た時も、先輩が言ってたそのままな立ち居振る舞いに、私なんかは背中に冷たいモノが走ったけれど…。




「ね、なんでこんな場所に居るのか聞いてるんだけど、答えてくれるかな?」




今、私の背中には、更に冷たいモノが走っている…。






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