そろそろ恋する準備を(短編集)
明日が待ち遠しい
【明日が待ち遠しい】
時刻は夜十時を過ぎたところ。
もう一時間、携帯のアドレス帳を見ていたけれど、意を決して通話ボタンを押した。相手はわたしの恋人、ひとつ年下の広瀬くん。
去年同じクラスで隣の席になったバレー部の戸神に「暇なら放課後練習見に来いよ!」って言われて、暇だったから行ってみた。ら、広瀬くんに一目惚れした。
それから毎日のように練習を見に行った。戸神と広瀬くんの自主練まで見ていた。自在にボールを操る広瀬くんを見ていたら、ますます好きになった。
会釈から始まり、挨拶をするようになり、一言二言話すようになり、校内でばったり会ったら雑談するようになって、ついに先月告白した。
「好きです、付き合ってください」と言ったら「いいですよ」って。
バレーをしているときはセッターとして誰よりもコートの中の動きを把握し素早いボールさばきを見せるのに、バレーから離れた広瀬くんは誰よりもテンションが低い。
だからわたしの告白にも全く顔色を変えず、まるで物の貸し借りを了承するかのように頷いた。ん、だけど……。
わたしが通う宝命館学園高校のバレー部は、もう何年も県内ベスト4の座を譲らない強豪校で、広瀬くんはバレー部の正セッターで、特に今年は優勝も狙えるんじゃないかというくらいのメンバーが揃っているらしいから、優先するのは「恋人」より「部活」なわけで……。
ていうか広瀬くんは、色恋できゃぴきゃぴするタイプには見えないし……。
だから結果的に、付き合っていても関係はあまり変わらなかった。
強豪校の正セッター。素人のわたしにでもその重要さが分かるから、我が儘も言わずこれまで通りに過ごすことにしたんだけれど……。
でも。声が聞きたいってときもある。大好きな「恋人」の声が。
だから悩みに悩んだ結果、通話ボタンを押したのだった。