偽りの先生、幾千の涙
俺は男の手首をぐっと握った。
男は急な事に驚いたようで、こちらを振り向こうとした。
だがその前に、俺は他の乗客には気付かれないような声で話す。
「おじさん、その子が可哀相だと思わない?
いいとこの制服の来たお嬢さんみたいだし、訴えられたら終わりだよ?
俺も証人になれるし…このまま止めるなら見逃してあがるけど、どうする?」
抵抗してきたら、もう二度とこんな事できないように手首を折ってやろうと考えたが、男は何度も首を縦に振った。
また電車が停まる頃、俺はその手首を解放してやった。
男は慌てるように電車から降りていった。
俺は必然的に、榎本果穂の後ろに立つ事になった。
榎本果穂は男の行った先ばかり見て、俺には全く気付いていない。
「大丈夫?」
俺は話しかけた。
榎本果穂は一瞬肩をピクリと動かすと、首だけ動かしてこちらを見る。
「伊藤先生?」
「あいつなら無理矢理降ろさせた。
もう大丈夫だよ。」
「は、はぁ…」