偽りの先生、幾千の涙
「生徒が酷い目にあってたんだ。
当然の事をしたまでだよ。
それよりも大丈夫?
怖かったな。」
わりと本気で心配している事に、俺自身驚いている。
こんな優しい気持ち、俺の何処に隠れていたんだ?
その事に戸惑っているのは俺だけではないらしい。
「…大丈夫ですよ、全然。
不快でしたけど、先生がすぐに助けて下さったので…」
新たに来る電車を知らせるアナウンスで、榎本果穂の言葉はかき消される。
アナウンスが終われば、電車が近付く音、次は雪崩れ込んでくる人混み…なかなか話す間もない。
人の波が去るまで、俺は榎本果穂の表情を眺めていた。
彼女が何を考えているのか、今は全く分からない。
「とりあえず、帰ろうか。
疲れたでしょ。」
「そうですね、帰りましょうか。」
特に何も話さなかった。
話したい事は沢山あるけれど、どれも言葉に出来なかった。
今日だけはただの先生と生徒でいるべきだと、なけなしの正義感が訴えかけてきた。
その分、歩いている時は色々な事を考える機会になった。