偽りの先生、幾千の涙


断ったのは…俺の事を警戒しているのか、それとも学校の関係者に見られたくないからか、どちらかは分からないがそんなところだろう。


でも…どうしてそんな、何事もなかったかのように振舞えるのだろうか。


もしかしたら、彼女にとって先程の出来事は珍しい事ではないのかもしれない。


そうだとしたら、悲しい事だ。


「分かった。
これからは遅くまで学校に残らないで、さっさと帰るんだぞ。」


補講や授業が終わってすぐに帰れば、電車が混雑するような時間は避けられるはずだ。


「はい。
そうします。」


とても素直な返事が帰ってきたが、心から反省しているとは思えなかった。


榎本果穂の事だ、誰かに強く引き止められたら断らずに付き合ってしまうのだろう。


「皆に引き止められても、ちゃんと断れよ。
それか誰かの車で送ってもらえ。」


「はい。
もしもの時はそうします。」


またもや素直な言葉が聞こえてきたが、中身が伴っているとは思えない。


俺は少し呆れると共に、説教したい気持ちにもなってきた。


もう少し危機感を持てとか、女の子なのだからとか、言いたい事は泉のように溢れてくる。


だが榎本果穂が俺の説教を素直に聞くとは思えず、俺は全てのセンテンスを血管の中に流し込んで、代わりに鞄の中から名刺を探し、それを榎本果穂に渡した。


「ああ。
あと、これやる。
何かあったら連絡して。」



< 109 / 294 >

この作品をシェア

pagetop