偽りの先生、幾千の涙
名刺を差し出すと、榎本果穂は上品な手つきで名刺を受け取る。
「頂戴いたします。」
読み終えた彼女は、何回か瞬きをしながら尋ねるのだ。
「いただいてよろしいのですか?」
「ダメだったら渡してない。」
「そうなんですけど…ありがとうございます。」
刹那、榎本果穂がほっとしたような表情を見せた。
名刺を渡しただけで、何に安心したのか分からない。
でもおかげで、俺自身も少し安心出来た。
「どういたしまして。
じゃあな。
無理するなよ。」
俺は階段を進んで2階まで上がる。
誰もいない階段に、俺の足音はやけに大きく響いた。
切れかけの電灯は、俺が通っているにも関わらず、チカチカと点滅している。
不安定な明るさの階段を抜けると、逆に眩しいぐらいの廊下に出た。
クラクラと目眩のしそうな差に耐えていたせいか、今日は廊下が長く感じられた。
我が家に辿り着くと、鞄を置いて、部屋へ続く廊下に座り込んだ。
自分が何をしたいのか分からなかった。