偽りの先生、幾千の涙
あの頃よりも気温が上がった分、扇子か団扇は必要だけど、今は下敷きで我慢する。
左手で扇ぎながら、スラスラと問題集を解いていくと、時間は意外と過ぎるものだ。
父親がいる間はこうやって時間を潰せばいい。
そう思っていた時だった。
「榎本さん、こんなところで何してるの?」
視線を上げて、首を右に傾ける。
何してるはこちらの台詞だが、両手で荷物を抱えた伊藤が立っていた。
私がいるなんて思ってもみなかったのか、珍しくキョトンとした顔をしている。
座ったままだと失礼だから、筆記用具達を置いて私も立つ。
「…良い自習場所を見付けて。
先生は?」
「向こうに用事があって。」
伊藤の視線の向こうには、あの応接室がある。
「面談か何かですか?」
「いや、面談じゃないけど、ちょっと使いたいから。」
曖昧に笑って、私の前を通りすぎる。
でも私は見逃さなかった。
伊藤の荷物の一番上に、見た事のないタブレット端末があった。