偽りの先生、幾千の涙
「そうだな。」
まるで普通の戦勢と生徒のようだった。
私も伊藤も戦闘体制を取っておらず、極めて穏やかでゆったりとしていた。
顔を見ていないからそう思うだけなのだろうか。
私の後ろでは、伊藤が今も何かを企んでいる可能性はある。
でもいつものような狩猟のようなオーラは感じない。
それから私達は一言も話さずに、空間を共有した。
伊藤は後ろで黙々と何かをしていて、ボールペンが動く音と紙を捲る音しか聞こえない。
集中するのには良い場所だった。
そんな静寂に変化をもたらしたのは私だった。
古文の単語帳に挟んであった栞が、はらりと落ちてしまった。
今すぐに必要なものではないから、帰る際に拾えばいいと思い、何もアクションは起こさなかった。
でも後ろから、さっきまでとは違う音が聞こえた。
「言ってくれたら良かったのに。」
気が付けば、伊藤が私のヨコデ片膝をついて栞を取ってくれていた。
私は驚いた。
声を掛けられるまで、全く気付かなかったのだ。