偽りの先生、幾千の涙
そういえば、前に電車で助けてもらった時も、全く気配に気付かなかった。
あの時は人も多かったから仕方なかった気もするけど、今は私と伊藤の2人だけなのだ。
それなのに、こんなにも近くまで来ても分からなかった。
気配を消すのが上手すぎる。
「どうした?」
「…いえ、ありがとうございます。」
小さな栞は、伊藤の手から私の手に移る。
私はそれを鞄の中に入れた。
その間も伊藤はずっと私の横に立っていた。
「榎本さん、そろそろ帰った方がいい。
また通勤ラッシュにひっかかるよ。」
伊藤の腕時計を見せられて、納得する。
確かに長居してしまった。
でも今日は帰りたくない。
帰らないという選択肢は流石にダメだから、出来るだけ遅く帰りたい。
習い事とかしていたら、遅くに帰っても何も疑われないけど、残念な事に今は何も習っていないのだ。
寄り道するところがないから、出来るだけ長く学校にいたい。