偽りの先生、幾千の涙
「もう少しだけダメですか?」
「…」
無言でダメだと言ってくる伊藤が憎たらしい。
じっとこちらを見て威圧してくる感じは、いつもの伊藤と同じだった。
「そんなに帰りたくない?」
「そうじゃないですよ。
ここ、居心地がいいんですよ。
人目がなくて、静かで、ちゃんと冷房も効いてるので…」
「本当に?」
「本当ですよ。」
疑ってくる目に写るのは、曖昧に微笑む私…そう、嘘を吐いている私だ。
この時にふと思った。
伊藤も私も嘘吐きで、伊藤が偽っているのを私が見破っているように、伊藤も私の嘘に気づいているのではないか。
だとしたら、少し面倒だ。
全くもって信用されていない事になる。
今までずっと、皆の信頼の上で"榎本果穂"という人物を作ってきたのに、それでは伊藤には通用しない事になる。
盲点だったと後悔しつつ、次にどうするか…いや、まずは今どうするか考えた。
すると、伊藤から意外な言葉が出てきた。
「…条件付きで、いててもいいよ。」
「条件ですか?」