偽りの先生、幾千の涙
いよいよ伊藤の本心が剥き出しになるのか、私は警戒心を強めたのだが、
「俺と一緒に帰るなら、いてもいいよ。」
想定外の言葉が飛び出てきて、私は思わず首を傾げた。
「先生と一緒に?」
「ああ。
勿論、俺と並んで帰れなんて言わない。
俺は榎本さんが見える範囲のところを歩いて帰るっていうだけ。
一人で帰るのも危ないけど、べったり一緒なのも不味いだろ?」
伊藤の言っている事はある意味正しい。
外敵から身を守る為には、優れたセキュリティが必要なのだ。
勿論、そのセキュリティが暴走する可能性は否定出来ないが、今日の優先事項を考えた時にはこれが最善の選択肢になる。
「分かりました。
護衛をお願いいたします。」
監視付きの帰宅に同意すると、伊藤は立ち上がる。
「じゃあここにいて良し。」
伊藤はそう言って、私の頭をポンポンと撫でた。
触れられた瞬間、良い香りがふわっと鼻腔を擽ると共に、血液の流れが一瞬止まった。
何事もなかったかのように仕事に戻る伊藤のを気配で感じながら、私は心臓の辺りを手で押さえる。
よく分からない甘い感触が頭上に残り、それが心臓の動きを速めていた。
と同時に、眠くなってきて目を何度も擦った。
昨日は父親が帰ってくる準備やらストレスのせいで眠れなかったから、この時間になって眠気がやって来たのかもしれない。
このままでは意識を手放してしまうと自覚してはいたが、不思議な甘ったるさと眠気の狭間に揺れながら、眠りについた。