偽りの先生、幾千の涙
side by 先生
榎本果穂が眠ったのを確認すると、俺は手を洗うために急いでトイレに行く。
そして戻ると、やりかけの仕事を終わらせるためにタブレット端末の電源を入れた。
榎本果穂の頭に弱い睡眠薬を付けた。
速効性はあるが、効果はそれ程続かないから、俺に与えられた時間は30分から1時間ぐらいだろう。
俺は慌ててデータの処理を始める。
本当はもっとゆっくりやるはずだったが、背を向けているとはいえ、目の前に人がいると仕事がやりづらい。
しかも促しても帰らないとなれば、こうするしか手段がない。
強制的に帰らせる事も出来たが、それはしたくなかった。
理由は2つある。
1つ目は、俺の考えが正しければ、榎本果穂が帰りたくない理由は、今日は家に榎本悟朗がいるからだ。
そうでなければ、榎本果穂にとって学校に残る方が面倒なはずだ。
榎本悟朗はアメリカにいると聞いていたが、今日は日本にいると考えて間違いないし、ここで榎本果穂の我が儘を聞けことで、推測が確信に変わる。
しかも一緒に帰る事で、マンションのエントランスであいつの顔を拝めるかもしれない。
そこまで出来たら、すぐに父さんに報告だ。
もう1つの理由は…帰りたくないって言っているのに、無理矢理帰すのが可哀想に思えたから。
これが他のお嬢様達のように、お迎え車が来るような家の子なら話は別だ。
そうでない榎本果穂は帰宅が遅くなったところで問題にならないし、仮に今日は榎本悟朗が在宅していて、榎本悟朗に小言を言われようが、彼女なら適当に言い訳をして乗り越えるだろう。
それなら、態々キャラを崩してまでお願いしてきたんだから、少しくらい願いを聞いてあげても良いではないか。