偽りの先生、幾千の涙
心配はしたが、榎本果穂の目覚めは思ったよりも良かった。
俺が起こす前に自分で起き、辺りを見渡していた。
「おはようございます、榎本さん。」
今度は正面から話しかけると、榎本果穂は目を見開いて、もう一度周辺を見渡した。
「私、寝てしまったのですね…」
「みたいだね。
毎晩何時に寝てるの?」
「…そんなに遅くはないですよ。」
意識は既にハッキリしているようで、俺の質問にきちんと答えてくれない。
「なら疲れてるのかな?
受験生とはいえ、無理は禁物だよ。
体を壊したら何にもならない。」
俺は榎本果穂に手を差し出した。
榎本果穂は俺の手と顔を交互に見比べた。
「立てる?
あんまり良くない姿勢で寝てたけど。」
「お気遣いありがとうございます。
でも大丈夫です。」
さっき俺に寄りかかった事は覚えていないのか、榎本果穂は顔色一つ変えずに立ち上がり、荷物を片付けて、こちらに向き直る。
背筋が真っ直ぐと伸びていて、完全にいつもの彼女だ。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。
もう遅いですし、私、帰ります。」
微笑みを携え、お辞儀すると、ドアに向かっていこうとする。
俺との約束なんて、寝惚けて忘れてしまったと言わんばかりだ。
でも、俺はちゃんと覚えているからな。