偽りの先生、幾千の涙
だから大股で歩いて、先にドアの前に立ってやる。
何事かと身構える榎本果穂に、俺は優しく教えてあげるのだ。
「一緒に帰るんだから、バス停まではゆっくり歩くんだよ。
同じバスに乗れなかったら意味ないだろ。」
返事を促すと、榎本果穂は諦めて俺に従った。
俺はドアを開けて廊下に通してあげた。
「お先に失礼します。」
「どうぞ。」
榎本果穂が俺の横を通りすぎると、俺は鍵を閉めて職員室に戻る。
帰り支度はほぼ終わっていたが、バスのタイミングで一緒に帰り損ねたら意味がない。
必要なものを鞄に詰め込んで、人が少なくなってきた校舎から早足で離れた。
バス停に着くと、バス停に何人か人が並んでいた。
その先頭に榎本果穂は立っていた。
スマホを弄るわけでも、勉強するわけでもなく、ただ真っ直ぐに背筋を伸ばして立っている。
俺はそれを確認すると、スマホを取り出して、彼女に気付いていないフリをした。
バスに乗ってからも、彼女が前の席に座り、俺は彼女が見える後ろの席に座った。
バスを降りた後も、付かず離れずの距離を保ちながら、榎本果穂を追うように帰った。
そして、榎本果穂がマンションのエントランスに入った事を確認する。