偽りの先生、幾千の涙
聞こえてくる内容は至って普通で面白味の欠けるものだった。
他人の目の前だからこんな会話をしているのか、それとも普段からこんな感じなのか…理由はどうあれ、榎本果穂からしたら退屈なものだろう。
だが榎本果穂もいつも通りに話しているように聞こえる。
俺が面談で父親に対する何かしらの言葉を出した時のような不機嫌さはなく、でも身内と話しているようなくだけた感じもない。
少し余所余所しいようにも見えるが、礼儀正しい家の親子といった印象だった。
17、16、15…と順調に降りてくるエレベーターを確認すると、鞄のポケットにもう一度手を入れる。
鍵を探すように小型の盗聴器を探し、髪の箱を開けると、布越しに貼り付け用のシールを剥がす。
そうしているうちに、1階に着いたエレベーターがゆっくりとドアを開けた。
俺は先に乗り込み、ドアを向く。
榎本親子も同じようにドアを向いた。
それが俺の勝負の始まりだった。
ドアが閉まり始めると共に盗聴器を出し、榎本悟郎の鞄の底に盗聴器を付ける。
それから態とハンカチと家の鍵を落としたら、2階に着いた。
「どうされましたか?」
外に出ない俺に、榎本悟郎が振り返る。
俺はハンカチと鍵を拾うフリをして、屈んだまま榎本悟郎を見上げた。