偽りの先生、幾千の涙
「すいません。
鍵を探していたのですが、落としてしまって。」
鞄の底に盗聴器が付いている事を確認してから立ち上がると、榎本果穂の方も振り返って俺を見ている。
何かした事は彼女も察したのだろうが、ボタンの前に立っていたから見えていないだろう。
でも彼女は俺が何かした事を父親に報告したりしない。
俺は確信が持てた。
ちゃんと指紋をつけずに盗聴器を付けたから証拠は残らないし、榎本果穂は今分かったはずだ。
俺の獲物が榎本悟郎である事を。
これが国木田花音みたいな子だったら、真っ先に父親に話すだろうが、榎本果穂にとって父親はそんなに大切な存在じゃない。
自分自身さえ無事なら問題ないと判断するだろう。
それにもし告げ口したとしても、その状況を俺を聞く事が出来る。
もしもの時は逃げるだけだ。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
失礼いたします。」
俺は一礼してエレベーターから降りる。
そしてエレベーターが閉まり始める頃に、もう一度頭を下げた。
俺は家に向かいながら、受信機に付けているイヤホンを耳へ。
ザワザワとした耳障りな音と共に、榎本悟郎の声が聞こえてくる。