偽りの先生、幾千の涙


「なかなか礼儀正しい青年だな。
見た事ない顔だから、どんなやつかと思ったが。
最近引っ越してきたのか?」


「そうかもしれません。
ここ数ヵ月で何度かエントランスでお会いした事があります。」


「そうか。
でも気を付けるのだぞ。
一人暮らしだからな。」


「はい。
ご心配恐れ入ります。」


淡々と嘘を並べる様子は、聞いてて笑ってしまいそうになる。


毎日顔を合わせているにも関わらず、エントランスで何度か…か。


今のところ、榎本悟朗に俺について話す事はないだろう。


俺は安心して家の中に入る。


もう1つ分かった事は、誰の前でも榎本果穂にとっては同じであるらしい。


学校だけでなく、家でも猫を被るなんて…そりゃ一人暮らしをしたいわけだ。


俺はそう考えながらイヤホンに集中する。


俺が手を洗い終える頃、榎本親子は家の鍵を開けたようだ。


「お入りください。」


「ありがとう。
…ほう、綺麗にしているではないか。
感心したぞ。」


「当然ですよ。
私も家は綺麗にしてある方が気持ち良いですもの。」


他に音のないマンションの一室で、二人の声はよく響く。


俺としては聞き取りやすいからありがたい。


俺はイヤホンに集中しつつ、父さんにメールを打つ。


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