偽りの先生、幾千の涙


電話で話すのが基本だが、早急に話がしたい。


だから電話してもいいタイミングをメールで尋ねる。


《父さん、ちょっと話を聞いてほしいんだ。
仕事の相談なんだけど、今日電話していいか?》


あたかも普通の父子のようなやりとり、でもこれで父さんは分かってくれる。


俺はメールの返事を待ちながら、また榎本親子の会話に耳を傾ける。


「お父様、明日のお食事はどうされますか?
もしご迷惑でなければ、お父様のお弁当も用意しようと思うのです。」


「いや、いいよ。
朝は食べていくが、早くに家を出るから勝手に食べていく。
昼も夜もいらない。
遅くなるからな。」


「そんな朝早くから夜遅くまで?
お身体には十分気を付けて下さいね。」


そこで榎本親子の会話は一旦終わった。


聞かれている事を知ってか知らずか、上っ面の会話しかしない。


最初から事件に関する話を聞けるとは思っていなかったが…もう少し親子らしい会話が聞けるとは期待していた。


榎本果穂が反抗期というわけでもなさそうだし、いつもこんな感じなんだろう。


暫くして、俺のスマホがテーブルの上で揺れ始めた。



俺はイヤホンを片方だけ外して、それを耳に近付ける。


「どうした、メールなんかしてきて。」


「父さん、知ってた?
榎本悟朗が日本に帰ってきた。」


事実を告げると、父さんは10秒程何も言わなかった。


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